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トピックス

吉成庸子物語 「ただ一度の家出」 作/吉成庸子【2024年10月号2面】

2024-10-01
カテゴリ:コラム,連載
好評
もう九月に入ったというのにまだ暑い。なかなか寝付けない夜など、天国へ行ってすでに久しい儀ちゃんの事などつい思い出してしまう。ほんとにうるさいオヤジだった。多分私が家事一切あまりにも出来なかったので、呆れてしまい何とかして一人前の女房に育てようという気持ちになったのだろう。

私だって少しでも立派な専業主婦になろうと決心し料理に力を入れたつもり。朝もきちんとご飯を炊き、みそ汁も作った。納豆に焼きのり目玉焼きも作った。

洗顔、髭剃りも終り食卓に着いてすぐ言った。「なんだ、いつもの朝食じゃないじゃないか。我家の朝飯はあんぱんに牛乳と紅茶と決まってるんだ。勝手に変えないでもらいたい」と言う。「それはわかっているけど、たまには和食もいいんじゃないかと思ってさ」私の言葉に彼は「これから新聞三紙全部読んで、その後簡単な全身運動せなならん。ゆっくり朝飯食べる時間が無いんだ。あんぱんを持って来い!」と怖い顔で命令する。

そこで私は「今日だけはせっかく作ったんだもの。今朝は和食を食べて頂戴。明日からはあんぱんや紅茶に戻すから」と必至で頼んだ。さすがに「じゃ、そうする」と言って食べ出したのでホッとしたものだ。だが、どんどん口の中の中に放り込み噛んでいるように見えない。あっという間に儀ちゃんの朝食は済み、すぐに新聞に取り掛かる。三十分ばかり掛かっただろうか。新聞を止めて隣の部屋に入り腕立て伏せから始まり、両手両足を上げたり下げたり、吉成体操を約二十分やって全て終り。

それから急いで背広に着替える。何一つ贅沢はしない人だったが背広だけにはお金をかけていた。「背広は俺の商売道具だから」と言ってこれだけはいい品を買っていた。

支度が終るとすぐ玄関へ直行。玄関を出る時必ず私に「あんたは一日中することがないから、池の金魚を猫に取られない様に猫番しっかりしていなさい」と命令して出かけて行く。その位しか役に立たないと思っているのだろう。まぁいいかぁと呑気に考えていた時、嫁入りした下の娘が「主人がゆっくり実家で遊んでおいでと言ってくれたから、しばらく泊めてもらう」と言って大阪からやって来た。

私は、儀ちゃんの前妻さんの七回忌が終って下の娘さんが結婚し、上の娘さんがアメリカ留学した後、この家に嫁いで来たので余り年令は違っていない。下の娘は一週間経っても帰らず、儀ちゃんが出勤すると起き出して色々チェックして文句を言った。そして食事が済むとパチンコへ。儀ちゃんの娘がパチンコ通いするのはどうしても理解出来なかったのだが、好きならいいかとしか考えずにいた。

十日が過ぎた頃、小さな嫌がらせの連続に私の感情もプツンと切れた。私はとうとう家を出て母の所へ帰ってしまった。一人で働いても生活していける自信はあったし結婚は私に向いてない。母に「もう四街道には帰らないからね」と告げた。私の言葉を追いかける様に儀ちゃんから母に電話が入り「タクシーですぐ庸子に帰って来る様に言ってくれ」と頼んだらしい。「私に結婚は向かない。ここでケーキ喫茶でもやっていくわ」と母に告げる。儀ちゃんから二度目の電話が入り迎えに行くと言った。老いた母に迷惑を掛けたくない。私は自分で四街道へ帰った。娘は帰してあった。それから三十年余り私は一度も家出することは無く四街道の住人となり暮らしている。
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