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随筆 吉成庸子物語【2024年7月号2面】

2024-07-04
カテゴリ:コラム
好評
女はつらいよ
窓を開けたらカラっとした少し強い風が吹き込んで来る。長かった梅雨が終わり、ようやく本格的な夏がやってきたのだ。

私が全ての店をやめて吉成儀ちゃんと結婚して、すでに1年半余りが過ぎていた。朝から深夜まで毎日外に出ていた私が、結婚してからは、ほとんど外出したこともない。最初のうちは、ゆっくり好きな本が読めて嬉しいなんて思っていたが、それも飽きてきていた。それと同時に今までしたこともなかったお掃除、洗濯、三度の食事と仕事をしなければならない。仕事?と考えるのは間違いなのだろう。主婦の務めだものね。まあ私は、一生懸命やっても失敗ばかり…。あきれた儀ちゃんが今は手助けしてくれているので私は素直な気持ちで全部やってもらっている。

その代わり私は、食事には気を遣う。朝は緑茶とあんぱんだから簡単、昼は好きな物を食べている。けっこうもらい物の多い家だ。ケーキとコーヒーで済ましちゃうこともある。夜は一生懸命考えておかずを作る。これがあの頃の私には一番大変だった。最初はいい肉を買ってきて、すきやきをやったが、肉は高いし毎日同じものという訳にもいかない。次に考えたのが天婦羅だった。

自分でやったことがないので、不安ではあったが、毎日板前さんがやっているのを見ていたから、材料を揃えてやってみた。これだけは褒めてもらった。だけどいろんな種類を揚げたので、山のように出来てしまった。儀ちゃんは「まさか明日も天婦羅って訳じゃないだろうな」なんて言う。私も明日の夜もう一回残った天婦羅を温めて食べればいいなと軽く考えていたので、困ったなあと思った。

まだ温かいし食事前だったら食べて頂けるかと思い急いで大皿に入れてお隣の家へ持って行った。「作り過ぎちゃったの、食べて頂けないかしら」とお願いしてみた。奥さんは「まあ、うちは男の子が二人もいるから助かるわ」と言ってくださる。私はすごく嬉しかった。その後もお隣さんには存分、親切にして頂いていたけど、ご主人がお亡くなりなった後、引越しをされてしまった。でも親切にして頂いたことを思い出しては懐かしく思っている。

それにしても、晩御飯のおかずには苦労したものだ。夜の食事会等があり、「帰宅が遅くなるから夜飯はいらないよ」と言われる時は、ほんとにホっとするし、嬉しかった。それと、東京へ行きたくてたまらないのだ。1日家にいるのに、最初のうちは楽でいいなと感じていたのだけれど、段々東京が恋しくなる。毎日いたのだから当たり前なのかもしれないが、テレビに銀座の夜の風影が映ったりすると涙がでるほど懐かしくなった。儀ちゃんのご機嫌の良い時を狙って「お父さん、銀座に買い物に行きたいなあ、洋服も欲しいし」そっと言ってみたら「わざわざ銀座まで行かなくても千葉でいいだろ。それに今、あんたは家にいるのだから外出する必要が無いからいらないだろ」とあっさり言われてしまう。「洋服だっているわよ。おしゃれの楽しみって女にとっては必要なのよ!」私はかなきり声をあげていた。

「いらんものはいらん。それに洋服なんかいっぱいあるじゃないか!家に来る時持ってきた荷物の多さを考えてみろ」「あれはさ、母が嫁入りだからって、揃えてくれたからあんなにたくさんの荷物になってしまったのよ。だから実際着るための物は少ないのよ」。ああ女はつらいなあって思ったっけ。 
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